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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2958号 判決

控訴人 新妻弘子

右訴訟代理人弁護士 松田直喜

被控訴人 日響電機工業株式会社

右代表者代表取締役 谷口数造

右訴訟代理人弁護士 多賀健三郎

同訴訟復代理人弁護士 道下實

同 佐々木龍彦

同 正野建樹

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は控訴人に対し原判決添付物件目録(一)ないし(三)記載の家屋を明渡し、かつ、同目録(四)記載の家屋を収去して同目録(五)記載の土地を明渡し、昭和四七年五月三〇日から右各明渡ずみまで一か月三万三、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

三  この判決は、金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決添付物件目録(一)ないし(三)記載の家屋(以下(一)ないし(三)家屋という。)を明渡し、かつ、同目録(四)記載の家屋(以下(四)家屋という。)を収去して同目録(五)記載の土地(以下(五)土地という。)を明渡し、昭和四二年五月八日から同四四年四月末日まで一か月六万円、同四四年五月一日から同四六年四月末日まで一か月八万円、同四六年五月一日から同四八年四月末日まで一か月一二万円、同四八年五月一日から右家屋及び土地明渡完了まで一か月一九万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり訂正、付加、削除するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(訂正)≪省略≫

(控訴人の主張)

(一)  控訴人は昭和四二年二月被控訴会社代表者に対して直接(一)ないし(三)家屋の賃貸借契約の解約の申入れをしたのであるが、同家屋は第一種住居専用地域内にあるから、これが工場の用に供されることは不適当であるうえ、同家屋はほぼ朽廃し、その修繕のために多額の費用を要するところ、被控訴会社は肩書住所地に、二、三四七・一〇平方米の工場用地を取得し、同地上に事務所として鉄筋コンクリート造陸屋根七階建(総床面積二、四三一・五一平方米)、工場として鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺二階建(総床面積六五一・三四平方米)及び鉄骨造陸屋根三階建(総床面積九七一・七〇平方米)合計三棟の建物を建築して移転したため、(一)ないし(三)家屋を使用する必要性もなくなったのであるから、右解約の申入れにより、右家屋の賃貸借契約が終了した。

(二)  仮に前記解約の主張が認められないとしても、被控訴会社は昭和四三年七月ころ、控訴人の承諾を得ることなく、訴外日本パワーシステム株式会社(以下日本パワーシステムという。)に対して(一)ないし(三)家屋を転貸したので、控訴人は、同四六年一一月二九日の本件口頭弁論期日において、右無断転貸を理由として右家屋の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたから、同契約は右解除により終了した。

(三)  仮に前記解除の効果が認められないとしても、前記解約申入れの際の事情に加え、被控訴会社は、控訴人に無断で(一)ないし(三)家屋を訴外共立電機工業株式会社(以下共立電機工業という。)に転貸し、同会社が立退くと、更に日本パワーシステムに転貸するなどの背信的な行為を繰り返し、日本パワーシステムが昭和四六年五月一一日(一)ないし(三)家屋から立退いた後は、同家屋をほとんど使用しないで空家同様の状態((三)家屋は空家)にしており、控訴人としても朽廃化している同家屋を取毀し、その敷地に住宅を建築し、老後の生活を図る必要があるから、前記口頭弁論期日において解約の申入れをした。したがって(一)ないし(三)家屋についての賃貸借契約は右解約の申入れによって終了した。

(四)  控訴人は龍雲寺から(一)ないし(三)家屋の敷地及び(四)家屋の敷地である(五)土地を含む東京都世田谷区下馬一丁目一二六番地三宅地六三四・七一平方米(一九二坪)(以下本件全土地という。)を賃借しているが、控訴人は被控訴会社に対し(五)土地を無償で(一)ないし(三)家屋の賃貸借契約が終了するまで使用させていたにすぎない。したがって、右家屋の賃貸借契約が前記のとおり終了したのであるから、被控訴会社は(五)土地を占有するなんらの権原をも有しない。

(被控訴人の主張)

(一) 控訴人の各解約の主張は争う。なお、被控訴会社は(一)ないし(四)家屋に商品材料、資材等を保管するなどして使用しているため、同家屋は被控訴会社の事業運営上必要不可欠のものであって、経営上重要な役割を果たすと共に、事業成績にも重大な影響を及ぼしているが、その使用につき近隣居住者に対して迷惑をかけている事実もない。これに反し、控訴人は現在約二五坪の自己所有の木造家屋に居住し、日常生活上なんら支障のない生活をしており、工場としか使用できない(一)ないし(三)家屋を自ら使用する必要性はない。したがって、控訴人の解約申入れには正当の事由がない。

(二) 控訴人の解除の主張は争う。なお、日本パワーシステムは被控訴会社の設計部門を独立させたものであって、株式構成も六〇パーセントを被控訴会社、残り四〇パーセントを被控訴会社の役員がそれぞれ所有し、役員は被控訴会社の役員が兼務し、営業内容も一〇〇パーセント被控訴会社の仕事を下請けしている。したがって、日本パワーシステムは被控訴会社と共同して(一)ないし(三)家屋を使用しているような外観を呈してはいるが、日本パワーシステムが独立して同家屋を全面的に使用していた事実はないから、被控訴会社が日本パワーシステムに同家屋の使用を許したことは控訴人との間の信頼関係を破るものではなく、背信的行為と認めるに足りない特段の事情がある。

(当審における新たな証拠)≪省略≫

理由

一  控訴人が昭和二七年九月一八日被控訴会社に対し(一)ないし(三)家屋を期間の定めなく賃貸したこと、(五)土地は龍雲寺の所有であり、控訴人は同土地を龍雲寺より賃借していること、被控訴会社が同三一年一二月(五)土地上に(四)家屋を建築し、所有していることは当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、昭和二九年二月控訴人から本件全土地のうち(五)土地及び(一)ないし(三)家屋の敷地部分合計五一二・三九平方米(一五五坪)を普通建物所有を目的とし期間の定めなく転借した旨主張するが、原審における被控訴会社代表者本人尋問の結果中右主張に符合する部分は、後記証拠に照らしてたやすく信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

かえって、≪証拠省略≫によれば、次のとおりの事実が認められる。

控訴人の夫新妻清一(以下新妻という。)と谷口数造(現在の被控訴会社代表者)(以下谷口という。)とは、戦時中軍隊で知合った間柄であったこと、谷口は昭和二五年ころ四坪位の工場で音響関係の事業を始めたが、経営が思わしくなく、新妻に援助を求め、その後は新妻が資金繰りその他の営業を担当し、谷口が技術面を担当して経営を建て直し、同二七年九月会社組織に改め、被控訴会社を設立して新妻が代表取締役に就任したこと、そのころ事業拡張のため大きな工場が必要となったが、被控訴会社は資金の用意がなかったため、控訴人が(一)ないし(三)家屋及びその敷地である本件全土地の借地権を買受け、同二七年九月一八日被控訴会社に対し(一)ないし(三)家屋を期間の定めなく賃貸したこと、なお、家賃については、同家屋を工場として使用することはその敷地である本件全土地をも事実上利用することになるため、かかる事情をも考慮して定められたこと、同二九年二月新妻が退職して谷口が被控訴会社の代表取締役に就任したこと、そのころ控訴人らは本件全土地内の一部に住宅を建築し、これに居住したため、(一)ないし(三)家屋の敷地部分の面積が、(五)土地をも含め、五一一・五平方米(一五五坪)位となったこと、新妻は同三一年六月ころ被控訴会社代表者谷口から被控訴会社が右家屋で工場を経営するためには仮の作業場が必要なので、(五)土地上にこれを建てさせてほしい旨の申出を受け、そのころ控訴人に代ってこれを承諾したこと、しかし右土地使用の対価は定められなかったこと、被控訴会社は(五)土地上に(四)家屋を建築するにあたり、世田谷区役所から土地所有者の承諾書の提出を求められたので、同三一年七月一日被控訴会社の従業員が龍雲寺住職亡細川宗源に対し、控訴人の使いであると称し、控訴人が(五)土地上に家屋を建築するので承諾してほしい旨の申出をし、その旨誤信した同住職は、右従業員の持参した同日付の「木造セメント瓦葺二階建(三一坪二合五勺)一棟の建築を認める」旨記載された土地使用承諾書に記名押印したこと、その後、被控訴会社は、同承諾書の宛先欄に被控訴会社名のゴム印を押捺し、あたかも龍雲寺において被控訴会社が(五)土地上に建物を建築し、同土地を使用することを承諾したかのような土地使用承諾書(乙第四号証)を作成したうえ、同三一年一二月ころ(五)土地上に(四)家屋を建築したこと、控訴人は、被控訴会社が龍雲寺から右土地使用承諾書を得ている事実を知らなかったし、また、右家屋が予期したものより大きかったが、(一)ないし(三)家屋についての賃貸借契約が終了したときには、当然(四)家屋は収去されるものと思い、特に異議を述べなかった。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実によると、昭和三一年六月ころ、控訴人の代理人新妻と被控訴人間に、控訴人が被控訴人に対し(五)土地を、仮作業場敷地として、(一)ないし(三)家屋の賃貸借契約が終了するまで使用させる旨の使用貸借契約が締結されたものであると認めるのが相当である。

三  控訴人は昭和四二年二月被控訴人に対し(一)ないし(三)家屋についての賃貸借契約(以下本件賃貸借契約という。)の解約の申入れをした旨主張するが、≪証拠省略≫中右主張に副う部分は、≪証拠省略≫に照らしてたやすく信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、控訴人の右主張は採用することができない。

四  控訴人は昭和四二年五月被控訴人に対し、(五)土地上に(四)家屋を無断で建築したこと及び(一)家屋を共立電機工業に無断転貸したことを理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした旨主張し、被控訴人は右解除権の行使は許されない旨争うので判断する。

1  被控訴会社は、前記のとおり控訴人との間の使用貸借契約に基づいて(五)土地上に(四)家屋を建築したのであるから、控訴人の右無断建築についての主張は理由がない。

2  ≪証拠省略≫によると、被控訴会社は昭和四一年三月ころから(一)家屋のうち社長室と応接間合わせて約四坪位を共立電機工業に使用させたことが認められるところ、控訴人が同四二年五月六日被控訴会社に対し内容証明郵便で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面が同月八日被控訴会社に到達したことは当事者間に争いがないが、当審も、控訴人主張の右解除権の行使は許されないと判断するものであるが、その理由については原判決の説示(原判決八枚目表九行目「証人新妻」から九枚目表八行目まで)と同一であるから、それをここに引用する。

五  控訴人は被控訴人が日本パワーシステムに対し(一)ないし(三)家屋を無断転貸したので本件賃貸借契約を解除した旨主張し、被控訴人は右転貸につき背信的行為と認めるに足りない特段の事情がある旨抗争するので、判断する。

1  控訴人が当審における昭和四六年一一月二九日の本件口頭弁論期日において被控訴人に対し本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。

2  ≪証拠省略≫によれば、被控訴会社は電子計算機を生産しているが、昭和四三年七月、その生産部門のうち設計部門を分離、独立させ、日本パワーシステムを設立したこと、日本パワーシステムの役員は被控訴会社の役員が兼務し、代表取締役は谷口であり、その株式構成も六〇パーセントを被控訴会社が、残りの四〇パーセントを被控訴会社の役員がそれぞれ所有し、その営業内容も被控訴会社の仕事のみを下請けしているため、日本パワーシステムは、実質的には被控訴会社と一身同体の関係にあって、事実上被控訴会社の統制の下に右設立当初から(一)ないし(三)家屋を使用していたが、同四六年五月右家屋から立退いたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実によると、賃借人である被控訴会社が日本パワーシステムに対し(一)ないし(三)家屋の使用を許したとしても、被控訴会社の右行為は背信的行為と認めるに足りない特段の事情があると認めるのが相当である。

そうすると本件賃貸借契約が解除により終了した旨の控訴人の主張は採用することができない。

六  控訴人は前記本件口頭弁論期日において被控訴人に対し本件賃貸借契約の解約の申入れをした旨主張するので、判断する。

1  控訴人が当審における昭和四六年一一月二九日の本件口頭弁論期日において被控訴人に対し本件賃貸借契約の解約の申入れをしたことは記録上明らかである。

2  ≪証拠省略≫によれば、被控訴会社は(一)ないし(四)家屋(総床面積二五六・一七平方米)(七七・五坪)を使用し、電子計算機を生産していたが、肩書住所地に工場用地として宅地二、三四七・一〇平方米(七一一・二四坪)を取得し、同地上に昭和四一年鉄骨造陸屋根三階建(床面積各階三二三・九〇平方米、合計九七一・七〇平方米)(二九四・四五坪)(以下A建物という。)を、同四二年鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建(床面積一階三二四・九五平方米、二階三二六・三九平方米、合計六五一・三四平方米)(一九七・三七坪)(以下B建物という。)を、同四九年鉄筋コンクリート造陸屋根七階建(床面積一ないし四階各四八三・四〇平方米、五階四三〇平方米、六階五九平方米、七階八・九一平方米合計二、四三一・五一平方米)(七三六・八二坪)を順次建築したこと、被控訴会社は同四一年二月工場を(一)ないし(四)家屋からA建物に移転し、その後同所で盛大に事業活動を営み、工場の規模も拡大し、現在に至っていること、被控訴会社は、A建物及びB建物の完成に伴ない、(一)ないし(三)家屋を使用する必要がほとんどなくなったこと、そこで被控訴会社は、前記のとおり控訴人の反対にもかかわらず、あえて同四一年二月から同四三年三月まで共立電機工業に(一)家屋の一部を使用させ、更に、同四三年七月から日本パワーシステムに対し(一)ないし(三)家屋を使用させたこと、そのため控訴人と被控訴会社間のあつれきが激化したこと、被控訴会社は、日本パワーシステムが同四六年五月同家屋を立退いた後、同家屋を使用する必要性が全くなくなったにもかかわらず、(一)及び(二)家屋に若干の資材などを置き、あたかも(一)ないし(三)家屋を倉庫として使用する必要性があるかのように装っていること、他方、新妻も勤務先を定年退職したため、控訴人としては、(一)ないし(三)家屋及びその敷地を効率的に利用し、老後の生活を確保する必要のあることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実によると、控訴人の解約の申入れについては借家法第一条ノ二にいう「正当ノ事由」があると解するのが相当である。

そうすると、本件賃貸借契約は、控訴人が被控訴人に対し解約の申入れをした昭和四六年一一月二九日から六か月を経過した同四七年五月二九日に終了したものというべきであり、また、(五)土地に対する被控訴人の使用権原は、前記のとおり、本件賃貸借契約の終了と同時に消滅するのであるから、同日をもって消滅したものというべきである。

したがって、被控訴人は控訴人に対し本件賃貸借契約の終了に基づき(一)ないし(三)家屋を明渡す義務があり、また被控訴人は(四)家屋を所有して(五)土地に対する控訴人の賃借権を妨害しているから、(四)家屋を収去して(五)土地を明渡す義務があり、また、右明渡ずみまで(一)ないし(三)家屋及び(五)土地の使用料相当額の損害金を支払う義務があるものといわざるをえない。

七  損害金について判断する。

被控訴人が控訴人に対し支払うべき前記使用料相当額の損害金としては、本件賃貸借契約終了時における(一)ないし(三)家屋の賃料相当額が相当であるというべきところ、≪証拠省略≫によれば、昭和四二年ころの右賃料は一か月三万三、〇〇〇円であったこと、その後控訴人が被控訴人に対し右増額請求をした事実がないこと、したがって、本件賃貸借契約が終了した昭和四七年五月二九日当時の賃料は一か月三万三、〇〇〇円であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうすると、被控訴人は控訴人に対し、本件賃貸借契約が終了した日の翌日である昭和四七年五月三〇日から(一)ないし(三)家屋の明渡し及び(四)家屋を収去して(五)土地の明渡ずみまで、一か月三万三、〇〇〇円の割合による損害金を支払う義務があるというべきである。

八  よって、控訴人の本訴請求は、(一)ないし(三)家屋の明渡し及び(四)家屋を収去して(五)土地の明渡し並びに昭和四七年五月三〇日から右明渡ずみまで一か月三万三、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の部分は失当であるから、これを棄却すべきところ、右と結論を一部異にする原判決はこれを変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 枡田文郎 裁判官 山田忠治 古館清吾)

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